最近、ふと過去を振り返り反省することが度々あります。
私が主人と結婚して子供を産んだのは21歳の時でした。
私は、それまで4人兄弟の第一子として育ってきましたので、自分のことをそんなに子供に思っていませんでした。
子供を産んで周りの人に言われたのは、「子供が子供を産んだ」という言葉でした。私はそう言われても「そうかな?」とそれほど自覚はありませんでしたが
ある日、スーパーマーケットのレジにまだ幼い娘と手を繋いで並んでいるとき、知らないおばさまに声をかけられました。
「ちょっと聞いても良い?えーっと…、あなたはお母さん?それともお姉さん??」
「お母さんです」
「あぁ、そう。ありがとう!」
そぅかぁ、私はお母さんらしくないのかなぁ。と帰り際、ガラスに映った娘と歩く自分のことを横目に見たものです。
そして、周りの親と勝手に比べて、自分の未熟さに不安になる時もありました。
その当時、感じていたのは『若いこと』と『女性であること』の壁でした。
例えば、一人暮らしから今の家に住むまでに6回の引っ越しをしてきましたが、
その都度、
何社かの大手仲介業者を、引越の度に利用しましたが、とにかく見下されている感じがして、いつも不安でした。
そして、それは全て年上の男性でした。
相手の話し方も、タメ口が時折混ざっていたり、希望を伝えても何も調べずに「そんなのはありませんねー」と言われたり。
また、私と主人に対する対応も違っていました。
私が電話すると、「奥様ですか?あー、はいはい」と言って聞いているのか聞いていないのか…というようないい加減な対応でしたが、
主人に同じ内容で伝えてもらうとはじめて聞いたような様子で「そうでしたか!はい、はい…。」と話していました。
私は、このような経験と、自分への自信のなさから
「若いからって、女だからって、甘く見られたくない。バカにされたくない。」と思うようになりました。
それからというもの、ここ最近まで、お店を始めるなどの契約事、金額の大きなお買い物時など、相手と対等に話そうと、かなり強気な態度でおりました。
すごーく、すごーく、肩に力を入れていました。
もちろん、そんな私に対して良い気持ちにはならなかったでしょう。「なんだこの小娘」と思われても仕方がないくらい、刺々しい態度でしたし、むしろ嫌われてでも、強い立場で、対等でいたいと思っていました。特に、年上の男性に対してそうでした。
周りの人と、皆と同じく対応してもらいたいという気持ちが前のめりすぎて、かなり尖ってしまっていました。
歳を重ねて今、ふと振り返ると背伸びして、ガッチガチに力が入っていた自分を不憫に思いますし、そうしないといけなかった社会を残念に思います。
同時に、嫌な思いをさせてしまった皆様に、心から謝罪したいです。
時間が経った今でも、嫌な思いをさせてしまった方々の困惑した表情が忘れられません。頭をよぎる度、申し訳なくなり胸が痛みます。
本当に、申し訳ございません。
偉そうに意見を言ったり、ズケズケと強気な態度をとったり…。結局、私は自分がされて嫌だったことを、
我が弱さを隠す保身のために、同じことを相手の方にしていたのです。
今はそれほど意気込まなくても、最初から同じ目線でお話できる年齢になりました。歳を重ねると良いこともあるものですね。
性別も、年齢も、個性も、お互いが尊重し合える社会になって欲しい。
当時は、とにかく必死でした。
家族を守らなくてはならない、バカにされていてはいけないという若いエネルギーは、行き過ぎたことで、今は古傷となって自分自身に返ってきます。
自分がされたこと、したこと、
なくなることはありません。ずっと全てが私自身です。たくさんの傷も完全になくなることはなく、時折ヒリヒリと痛みます。
どうやら反省に終わりはなさそうです。
だけど、そこに縛られたくはないので反省したまま前進です。
許してほしい、許してあげたい、昔の自分を


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