予防線

日常

先に先にと想像を膨らませ、

将来起こりうるかもしれない厄介事を回避出来るよう

“念の為”と予防線をはる。

最大の理由は、自分が後悔しないため。

ここまでの自分の、ささやかな経験値から

ある程度の、こうしたらこうなるという想定はする事が出来る。

それが、事実、自分を守ってきたし、前もって予防線をはっておいて良かったと思える結果になることが多い。

自分自身のことも、家族のことも。

なのに、将来を想定して安全な道筋を、と神経を研ぎ澄ましている事に、時折疲弊してしまう

父はそんな私に

「(厄介事は)起きた時に考えたらいい

と言ったけど、それは疲弊している私を楽にするための言葉なのか、

心からそう思っているのかは分からない。

父から出たこの言葉は、明らかに予防線を張っている私よりも余裕を感じる。

何故、私がそれほどまでに厄介事が起こることを恐れているのか、嫌に思っているのかを考えてみた

もし父が、心からそう思って言ったと仮定したら

やはりその発言からは、経験値からの器の大きさと、自分への自信の違いなのではないかと思った。

未来に厄介事が起きたら、その時に解決したり対処することが、

私にとってはものすごく大変なことで、心身ともに大きなダメージを受けるかもしれない

実際、過去にも想定外で起きた厄介事やトラブルは、解決するのに骨が折れる思いをした。

それを想像すると、どうしても避けれるものは避けたいと、常にアンテナをしっかりと立てておかなくてはならないのだ。それが結構しんどかったりもする。

私は後悔したくないといつも思っているけれど、

結局は臆病なのだろう。

自分の器が小さいことも気付いている。

自信もない。

そんな自分への不安から、後悔しないよう必死に自己防衛しているのだろう。

私もいつか、自分に自信を持てる時がくるのだろうか?その時には、予防線なんて必要がなくなって、どっしりと構えて来たる難題や困難を対処出来るのだろうか?

まだまだ先のことだろう

それまで、やっぱり後悔したくないから、

予防線をはるとする。

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