祖父母との時間

日常

私の祖父は90歳。祖母は84歳です。
ふたりとも視覚に障害があり、日常生活を送るにはたくさんの困難があります。

私は実家(祖父母の家)に置いたAIスピーカーを通して、毎日のように話しかけています。
「おはよう」「ごはん食べた?」「寒くない?」
たったそれだけの会話でも、声を聞けるだけで安心します。

最近の祖父母は、立つことも、座ることも、歩くことも、だんだん難しくなってきました。
祖母は視力を失う難病を患い、心を閉ざしてしまったのか、ほとんど言葉を発さなくなりました。
電話をしても、一言も話さないまま終わることもあります。

祖父は昔から病気を抱えていて、介護をしてくれる祖母をよく怒鳴っていました。
そんな祖父が、今では塞ぎ込んでしまった祖母のことを誰よりも心配し、寄り添っています。
人は、時間とともに変わるのだなあと感じます。

祖父と話していると、よくこんな言葉を口にします。
「早く死にたい」「なんでこんなに長く生きてしまってるんだ」「生きていることがこんなに辛いと思わなかった」
そのたびに、何と返せばいいのか分からず、言葉を選ぶのがしんどくなることもあります。
でも、それでも私は話します。今日もAIスピーカーに向かって。

祖父母は週に2回、デイサービスに通っています。
田舎の施設なので、利用者の中には昔から知っている人も多いそうです。
ある日、スタッフの方に「〇〇地区の△△さんだよ」と言われ、
祖父は「あぁ、懐かしいな」とそちらに顔を向けました。
祖父は祖母より少しだけ見えるので、うっすらと姿が分かる程度の視力があります。

けれど、そこにいたのは祖父の記憶の中の“△△さん”とはまったく違う人でした。
若い頃の姿を思い出していたのに、今目の前にいるのは知らない老人。
その話を聞きながら、私はふと思いました。
――まるで、若い頃から突然、知らない世界にワープしてきた浦島太郎のようだ、と。

弱っていく祖父母を見ているのは、正直つらいです。
けれど、こうして毎日声を交わし、笑ったり、沈黙したりしながら過ごす時間が、
なんとも言えないほど愛おしく、かけがえのないものに思えるのです。

そして、そんな時間の中で、よく考えます。
私にあと、何ができるだろう。
どうすれば、少しでも穏やかに、柔らかい気持ちで毎日を過ごしてもらえるだろう。

身体が思うように動かなくても、視界が閉ざされていても、
心の中だけは、少しでもあたたかくあってほしい。


それが今の私の願いです。

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